Jun 28, 2009

入居者の数がマンション管理の鍵

マンション事業を3件程度している親類がある。しまいにはお金を稼ぐ良いと思っていたが、収入は波があるようで、3月に解散している人が多いので4月に解散後に入るのかが鍵になるようで、アパート経営トップ自らビラ配りや新聞広告をするようです。当然、借金を建てたマンションなので入居者が入らなければ死活問題となります。も入居者が満室に近い場合、良い経営を続けることができます。
不動産投資信託は、大きくキャピタルゲインを目指すことはないと思う。ミドルリスクミドルリターンと言われるが、確かに大きく上下もなく、一方、分配金は安定的に支払われる。今、自分の株式投資を熱心に、不動産投資信託へ転換する。今後もこの流れを続けるつもりだ。しかし、最近の価格下落が激しい。
4月にグーグル創業者のラリー・ページは最高経営責任者(CEO)に就任すると昇進人事を行った。グーグルに合流して6年にしかならないアンディ・ルービンを18人の副社長の1人に抜てきした。それから4カ月でルービンは“大事件”を起こした。モトローラの携帯電話事業部を125億ドルで買収し、世界の通信市場の地図を変えたのだ。今回の買収の裏にルービン副社長がいたとウォールストリートジャーナルが17日に報道した。

彼はロボット狂だった。2003年に設立した「アンドロイド」という会社名も人間に似たロボットという単語から取った。当時の彼は家賃を払う金もなく、友人の助けを得なければならない境遇だった。翌年「アンドロイド」というスマートフォン用基本ソフト(OS)構想を持って三星(サムスン)電子を訪ねたがひじ鉄を食らって出てきたというエピソードもある。しかし2005年、彼に人生逆転の機会が訪れた。グーグルの創業者ページに会ったのだ。

当時ページはルービンが「デンジャー」というベンチャー企業を運営していた時に製作に参加した「サイドキック」という電話に熱狂した。サイドキックを作ったのはいったい誰かと気になっていたページに、ルービンはアンドロイドOS構想を説明した。ちょうどページには悩みがあった。グーグルの検索エンジンと地図を携帯電話に搭載したいのだが、通信事業者の横暴は並大抵ではなかった。これを突破する妙案がないだろうかと苦心していたページとルービンは意気投合した。その年にグーグルはアンドロイドを買収した。

2年の間ルービンはグーグルの秘密プロジェクトに没頭した。当時スマートフォン用OS市場はマイクロソフト(MS)が牛耳っていた。MSは自社のOSを使う携帯電話事業者にウィンドウズを採択したPCメーカーにしているように費用を払わせた。これとは違いルービンは初めからOSコードを携帯電話製造業者に公開するつもりだった。代わりにアンドロイドOSを使う携帯電話が多くなればそこに広告を載せ投資費用を取り戻そうという計算だった。

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グーグルはOSとコンテンツだけ提供し、スマートフォンは携帯電話メーカーが作る。ここに通信事業者が結合する「アンドロイド連合軍」構想もこの時誕生した。2007年半ばにルービンはこの構想を持ってLG電子を訪ねて行ったが拒絶された。その年の6月にアップルが「iPhone」というスマートフォンを出すとルービンは窮地に追い込まれた。追い詰められたルービンは当時知名度が低かった台湾のHTCを訪ねた。その結果誕生したのが初めてのアンドロイドフォン「G1」だった。

ところがiPhoneの登場は「禍転じて福となす」となった。世界の携帯電話市場が急激にスマートフォン中心に再編されたのだ。アップルの突風に驚いた三星電子とLG電子はもちろん、ノキアもアンドロイド連合軍陣営に合流した。2008年にアンドロイド本部があったグーグルキャンパス44棟は世界の通信市場のCEOで込み合った。ついに2009年夏、米国通信市場の1人者ベライゾンのCEOローウェル・マクアダムが44棟に足を踏み入れ、アンドロイドはアップルとノキアを抜き世界1位のスマートフォン用OSとなった。

今回のモトローラ携帯電話事業買収でグーグルはコンテンツ供給から携帯電話製造までを完結する通信業界の恐竜に浮上した。ルービンが今後どんな絵を描くかに世界の通信業界が神経を尖らせている。

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2011年8月17日、丹羽宇一郎駐中国大使がチベット自治区のラサに到着した。日本の大使が正式に同地を訪れるのは極めてまれなケースだという。環球時報の報道。

【その他の写真】

丹羽大使は、06年に開通した青海チベット鉄道でラサ入りした。青海省の西寧からラサまで、24時間の列車の旅。車中では地元チベット族の人々とも交流したという。

在中国日本大使館によると、現地の地理的条件や民族問題などから、この10年間で日本の大使がチベットを公式訪問したのは初めて。丹羽大使は4日間の滞在を予定している。(翻訳・編集/愛玉)


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