Jul 12, 2010

使い方は様々なコピー用紙

コピー用紙を印刷して便箋にあり、折り紙などもある。子供たちは、ぬりえ無料サイトで何を印刷できない裏にしたり、お絵かきしたり、文字を印刷する以外に、コピー用紙は、さまざまな用途がある。服を作る時、型紙の線をなぞる場合にも丁度いい透明の状態で用紙を一緒に利用することができます。下記のものをドトスヌンエちょうどいい厚さのものが多い。
自宅のデスクトップPCとノートPCを持っています。これらの印刷物をコピー機を使用してコピーすると、コピー用紙にコピーをしています。コピー用紙は、様々なサイズを購入していますので、印刷サイズに合わせることができるので非常に便利に利用されています。コピー用紙は、量販店で買ったです。
 深い爪痕(つめあと)を残した東日本大震災から40日あまり。被災地には必死に立ち上がろうとする人たちの姿がある。そんな人々の「今」を切り取る企画「明日へ」。第1回は宮城の観光地の象徴でもある松島。マリンピア松島水族館やカキの養殖業者ら松島の人々の奮闘ぶりを追う。(三枝玄太郎)

 水族館に笑顔が戻ってきた。今月23日、震災以来43日ぶりにマリンピア松島水族館が再開された。初日の来園者は978人、翌日の日曜日は約3200人。通常の数倍多い人出だった。

 取締役企画・広報室長の西條博也(32)はペンギンやアシカショーを見ようとできた行列に笑顔で並ぶ子供たちを見て涙があふれるのを止められなかった。「ここまで来られたのも応援してくれるお客さんがいるからだ」−。感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。

 売店で接客係をしている阿部鮎美(31)は、津波で被災し松島町に夫、孫らと避難してきたおばあさんから「松島に着の身着のまま逃げてきたんです。津波が怖くて自然と触れ合うのが嫌になったこともあるけど、水族館に来たら動物もこれだけ頑張っているんだから私たちも、と思ったわ」と話しかけられた。阿部らが詰める売店には折り鶴が置かれ、「頑張って」「再開してくれてありがとう」などと書かれていた。拙い字で「ペンギンちゃん、がんばれ」と書かれたものもあった。

    × × ×

 その時は突然だった。3月11日午後2時46分。

 飼育係の大山真哲(まさのり)(36)は、担当するマンボウのエサの準備のため1階調理室にいた。大きな横揺れで体が左右に振られた。

 「お客さんは?」。ふらつく足取りで外に出た。出入り口横のトイレに2階から従業員の阿部が下りてきた。トイレには祖父母と、孫とおぼしき女の子がしゃがみこんでいた。「館内は危険だ」。2人は震える3人を外に誘導した。

 「とりあえず館内を見回ってくる」と大山は建物に戻った。水族館の出入り口には従業員に誘導された客が集まり始めていた。スピーカーから「大津波警報が発令されました」とアナウンスが聞こえてきた。松島町が流しているようだ。

 「閉館します。高台がありますので避難してください」と誰かが叫んだ。男性従業員が水族館の前にある水門に集まり、板を通したり、土嚢(どのう)を積みだした。

 帰ったはずの客が「鉄道が動かない」と言って水族館に戻ってきた。揺れから15分がたっており、事態は一刻を争う。半ばパニックになっている人もいる。

 従業員は客を高台の駐車場に誘導した。水族館を見回っていた大山は同僚から「津波が来るらしい」と知らされた。「まさか」と思ったが、とりあえず高台で阿部らと合流した。

 館長の西條正義(62)は津波と言われてもピンと来なかった。昨年のチリ地震津波のときも側溝の水があふれた程度だった。水族館の隣にある小高い神社で海を眺めていた。

 × × ×

 高台に逃げた阿部の周りで「津波が来ないな」という声が出始めた。「車を上にあげよう」と何人かが水族館に戻ることになった。職員たちが坂を下り始めたとき、いつもは鏡のように凪(な)いでいる松島湾に白い波が立っているのが見えた。

 水族館前にいた人々が息を切らして急坂を上がってきた。上司が水族館にいる数人の部下に「津波が来ている」と無線で怒鳴るようにして知らせた。町のサイレンは「津波が来ます」と叫びっぱなしだ。波が到達してかなり経ってから男性従業員が水族館の様子を見に下りて行った。

 高台にいた人は松島町の指定避難所が分からず、水族館が経営するホテルへ移った。阿部ら女性従業員はホテルの従業員らと、ろうそくを持ってきたり、水族館の売店にある飲み物を持ってきて客に渡したりした。客室にあった毛布はすべてロビーの客に渡した。余震はひっきりなしで、そのたびに何度もホテルの外に客を誘導した。

 「帰りたいけど、どうしたらいい?」「どうなってしまうんですか」と阿部は質問攻めにあったが、自分でも分からない。ロビーにいた客を落ち着かせることで精いっぱいだった。

 水族館に向かった大山は港で信じられない光景を目にした。つながれていた船が津波でひっくり返っている。水族館に入ろうとしたが、大量の泥で進めない。やむなく裏山から入った。停電で水槽のポンプは循環器が全部止まっていた。水槽は茶色く濁っている。ただ恐れていた水槽の破損、水漏れはなかった。大山はアマゾン川に住む熱帯魚の担当もしている。

 「温度が下がったら死んでしまう。こいつらは俺が守る」。心の中で叫んだ。

 女性従業員は11日から数日間、ホテルに泊まって避難客の世話につきっきりになった。水族館に残った男性従業員は動物を死なせないための復旧作業にあたることになった。長い闘いが始まった。=敬称略

【関連記事】
マリンピア松島でペンギンの赤ちゃんお披露目
被災水族館、動物園が再開 宮城・松島と仙台
「生き物の命つなぎ留めた」松島水族館が23日再開 
愛媛・高知の動物園 GWに会いたいニューアイドル
動物たちにも支援 那須どうぶつ王国に物資続々
五輪参加への扉が開かれてから100年 日本スポーツ界を検証する
Posted at 17:46 in Technology | WriteBacks (0) | Edit
WriteBacks
TrackBack ping me at
Post a comment

writeback message: Ready to post a comment.